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豚丼物語 第二部 豚肉編[4/6] 究極の十勝産豚丼
「豚はね、人懐っこくてかわいいよ」と語る大美浪さん。肉厚で、脂肪のうまみが格段の豚丼は人気商品だ
 大樹町で観光客に話題の豚丼がある-。そんなうわさを聞きつけて、帯広市から大樹に向かった。紋別川を越えた所に、ログハウスの「源ファーム」(町開進111)はあった。

 「ようこそいらっしゃい」。温かく迎えてくれたのは豚の生産、加工、レストラン経営と一人三役をこなす大美浪源さん(56)。チーズの製造過程で出るホエー(乳清)を豚に飲ませたホエー豚使用の「大樹名物豚丼セット」(4人前1200円)が昨年の発売以来、おみやげとして爆発的に売れている(道の駅「コスモール大樹」でも販売)。

理想を追求し生産、加工、店 - 妻と二人三脚愛情込め育てる
 かつて大樹にはたくさんの豚がいた。紋別川の度重なるはんらんで牛乳の搬送が困難になり、酪農から養豚に切り替わった経緯がある。大美浪さんが道内食品メーカーを退職し、大樹の実家に戻った1972年は、各農家で豚の多頭化が始まったころ。畑で取れた野菜くずや魚かすを混ぜた自家製の餌から、米国産の輸入配合飼料へ。大美浪さんも「時代の波に乗り遅れてはいけない」と、一時は850頭まで増やした。

 しかし、ふと立ち止まって後ろを振り返った。「資本投下して、回収する前にまた資本投下。その繰り返しで、収入はいっこうに上がらない」。結果の見えない不安が走った。大美浪さんが気付いたのは「豚は機械ではない生き物だ」ということ。養鶏の後を追うように工場化、大規模化していくより、「豚飼いの道を歩もう」と決意したのは38歳。そこから加工への道のりが始まり、頭数を現在の500頭まで減らしていった。

 経験ゼロからのハム、ベーコン作り。妻のすみ子さんと二人三脚で2000年にレストランをオープン。夢だった生産者直販の拠点ができた。豚丼に使う「ホエー豚」は昭和50年代から研究に取り組み、ヨーロッパの先進事例を見てきた。同じ大樹の半田ファーム(半田司代表)からホエーをもらい、豚に与えている。

 「軟らかい」など評価の高い「ホエー豚」は南十勝で研究会が発足、ブランド化の動きが高まっている。帯広農業高校では肉質の研究分析に着手した。多頭化した多くの農家は消えたり、畑作や酪農に転換。結局、大樹で残ったのは大美浪さんだけだった。

 「おいしさを追求し、加工をやろうと思ったら、理想の原料、つまり自分で豚を育てるしかないんだよね」。豚の写真をみつめる目には愛情がこもっていた。大美浪さんが作った豚丼は、まぎれもなく究極の十勝産豚丼だ。
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